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長月 nagatsuki

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日々のこと


2019.05.12
「コミュニティによる人々の分断」が「ゆるやかに人と人とが繋がるひととき」になるまで。

 

 

先日、岐阜県各務原市のKAKAMIGAHARA STANDにて行われた、「場づくり」「コミュニティ」「イベント」などをキーワードとしたトークイベントに参加した。

 

 

 

 

Peatixの滝沢さん、はじまり商店街のくまがいさん、お二人の話はとても興味深かった。

 

例えば、多くの人に接点をもたらすためには、大きなイベントをどかんとやるより、何人もの企画者がそれぞれ小さなイベントを頻発させる方が有効とか。

 

場づくりをするにあたって、地域性はあるようでない。場所というよりそこにいる「人」たちの意識や行動によって決まる、とか。。。

ほかいろいろ。

 

知的刺激が多く、楽しみながら学べる良い機会であった。

 

 

少し話題がずれるけれど、私はそもそも「コミュニティ」や「場づくり」に興味があったわけではないし、今も本質的には「ほんとうにそれについて活動がしたいか」というとそうでもない。

 

3年前から「かかみがはら暮らし委員会」という「街を楽しむ人のコミュニティ」を作る団体に所属して活動はしているものの、わたし個人の原動力はまちづくりでも地域のためでもなく、「自分と、大切なあの人の楽しみ、幸せを膨らます」ような活動をするつもりで参加している。

 

関わる人たちはさまざまで、その多様性がこの団体や活動内容を面白くしていると思っているから、無理に自分が「街のために」とか「コミュニティを作ろう」とかがんばりすぎる必要がないのは心地いい。

 

 

では、そんな「コミュニティ」とはなんだろうと考えると、そもそも「コミュニティ」的なものに興味がないどころか苦手だった私であるからしていつもこの疑問にぶちあたる。

 

「コミュニティがあることによる、人々の分断」だ。

 

 

コミュニティは、決まったメンバーでの完全クローズドなものもあれば、緩やかに外部との繋がりのあるものもあるし、中の人々が入れ替わりながらも継続するような形もある。

 

私の所属する団体では、メンバーは目指すところの連帯感は持ちつつも、緩やかにじわじわと外に広がっていき、関心のある人たちはなるべく気軽に参加できるような包容力のあるコミュニティを目指していると思っている(私は)のだけど、実際はどうなのか。

 

 

まわりを見渡すと、とても興味はあるけど参加する勇気がない、気になるけどどうしたらいいかよくわからない、というような、「関わりたいけど一歩踏み出せていない」人たちも多くいるような気がする。

 

 

そしてそれ以上に、なにかやってるっぽいけどよくわからない、私にはあまり関係ないけどなんか頑張ってるね、そもそもコミュニティについて考えたこともない、という人たちが大多数な気もする。

 

実際にイベントや集まりに参加する人(できる人)は、そもそも少し意識が高かったり、文化的なことが好きだったり、未来を具体的に想像する習慣があったり、能動的に動ける何かを持っている人たちだ。

 

でも、そうできる人たちは自分の感覚からいくとかなり希で、周りにはそうでない人たちがいっぱいいる。

 

 

わたしはいつも、コミュニティがあることによってのある種の分断について、どうしたらいいのかいつも結論が出ないまま悶々とする。

 

求められていないのならば、興味のある人だけ楽しめばいいのかもしれない。

 

私自身、コミュニティに興味がないくせにコミュニティに関する活動をしていることはふいに矛盾がある気がすることもある。

 

 

でも悶々としながらも参加する意義があることを今は知っている。

 

たくさんの人と出会うことで、知的刺激が増え、豊かな気持ちになるとか。

 

協力し合うことで将来何かがあった時に助けてもらえるかもしれない、ゆるい繋がりがあることの安心感とか。

 

仕事につながるような関係を作れる可能性があるとか。

 

 

ほんのちょっとの自分にとっての冒険が、ほんのちょっと人生の変化を促してくれるのかもしれない。

 

そう思うと、コミュニティの大切さに気づく。

 

コミュニティという言葉は、人によっては排他的であるイメージもあるかもしれない。

 

だから自分の気持ちとしてはコミュニティという言葉をコミュニティ外の人には使わずに、「ゆるやかに人と人が繋がるひととき」みたいなものを、自分の経験をもとに提案できるといいのかもな・・・と漠然と思っている。

 

それが具体的には小さな規模のイベントだったり、双方向性のあるSNSや配信であったり、思想を語れるブログやnoteであったりするのかもしれない。

 

接点を多く作ることが、思わぬ誰かの琴線に触れ、そこから始まる小さな交流が「ゆるやかに人と人が繋がるひととき」であればいいなと思う。

 

 

実際に、今回のイベントでもこの質問をさせていただいたら、お二人からも真摯な解答を頂けた。

 

参加したくても一歩踏み出せない人たちに対するアプローチは今後の課題でもあること、でも本当に小さな規模でのイベントをいろんな場所で頻繁に開催することで、今まで知らなかった人たちにも接点が増えて、徐々にその輪が広がっている事実もあること、とにかくやり続けること・・・

 

 

そして私はやっぱり私らしく、自分と一番身近な大切な人のことを中心に、これからも常に、「コミュニティの外の人」のことを思いながら、コミュニティのことを考えて行こうと思う。

 

 

 

カテゴリー:日々のこと,店主の日記